7/7(月)理由なんてない。【夫】

「大事な話があるから、電話に出られるようにしておいてね。」と、妻のはなちゃんからLINEが入った。
昼休み。丁度、店内でチキンクリスプの包み紙を開けるところだった。

「そうかあ、本当にだめだったのか。」
心の中で深くため息をついた。

確かに、はなちゃんは病院に行く前から気にしていた。
「もうちょっとお腹大きくなってもいいころなのに。ちゃんと育っているか心配。」
1か月くらい前から、何度かそう話していた。

でも、不安になるのは心配性のはなちゃんにはよくあること。
正直あまり気にしてなかった。
正確には、気にしないようにしていた。



話の内容も穏やかではないし、気落ちしている時の電話先が騒がしいのも思わしくないので、車に移動。
数分すると電話が掛かってきた。


もちろん、はなちゃんは号泣していた。
一通り話を聞いた。
余計なことは言わず、言えず、「うん、うん」と相槌だけ打っていた。
あとは「わかったよ。早く帰るね。」と低い声で言っただけだと思う。
さすがに食欲は無くなった。


会社への車の中、「なんでこうなったんだろう」とばかり考えた。
帰社後、社長に「ちょっといいですか」と会議室を指すと、すぐにただごとではないことを悟ったらしい。


「さっき奥さんから電話があって」と切り出すと、
「何があったんだ」と食い気味に尋ねてきた。
社長の奥さんも、先月癌が見つかったばかりだったので、察しが早いのだろう。


事情を話し始めると、気が緩んで涙声になってしまう。
35歳の立派な男。
会社で涙は見せまいと気持ちは抗っても心は不可抗力だ。
そして、妻の心が心配なので今日は帰らせてほしい、明日は一緒に病院に行くので休みがほしいと話した。
また、もともと会社の中では社長にしか妊娠を知らせていなかったので、みんなには自分の体調が悪いので早退し、明日も病欠と言うことにさせてほしいとお願いし、了承してもらった。

会社から自宅までは車で45分ほど。
車中ではなちゃんに電話。早退して自宅に向かっていることを知り、緊張の糸が切れたようで、また泣いていた。


電話を切った後の車中では、とにかく色んな事を考えた。
もしあれがこうだったらとか、とりとめのないことばかりを考えてた。
そして最近、社長が話していたことを思い出した。
「お寺の禅の話。最初に叩かれた時は、体が動いたのかなって考える。しかし、その後も叩かれ続けると、過去の自分の行いが悪かったのかと遡り始めるそうだ。つまり、人間は理由の分からない、納得のいかない出来事に直面すると、心のバランスを守るため、無理やりにでも理由を作ってしまう生き物なんだ。」と。


まさしく今の自分がその状況だと思った。
きっと、理由なんてない。誰も悪くない。ただ、現実に起こってしまったこと。
ただそれだけだけのことなんだ。と受け止めた。
俺は今から、はなちゃんを支えなければいけない。
落ち込んでなんていられない。


帰宅すると、すぐにそうたろうを保育園にお迎えに行く時間だった。
はなちゃんは私に「お迎えに行ってくれ」と頼んできたが、それは断った。
はなちゃんが行かないと、そうたろうに心配されるだけだと。そこは逃げちゃ駄目だと。
素直に納得してくれて、一緒にお迎えに行った。


初めて二人で行ったお迎えに、そうたろうは満面の笑みだった。
やっぱり、子どもの無垢な笑顔には癒される。
私たちには、そうたろうがいる。それだけで、恵まれていることだと思った。
もし、彼がいなくて二人きりだったら、沈むところまで沈むのだろうと思う。
「理解できる」自分には、はなちゃんも甘えて容赦なく沈み続けるだろう。
しかし、そうたろうには笑顔を返さなければいけない。今の私たちには「最高の義務」だ。
その最高の義務こそが、無理やりにでも私たちを救ってくれている。


夜、少しだけ無脳症について調べてみた。
新生児における無脳症の確率で、はなちゃんと捉え方が違うことに気付く。
はなちゃんは「数万人に一人の病気」なら「なぜ私が当たってしまうのか」という気持ち。
しかし、私は「数万人に一人の珍しい病気」でなければ納得できなかった。
こんな思いが「珍しいことでもなんでもない」じゃ、安く片付けられているようで納得できなかった。
ネットでは「1,000人に一人」と書かれている。そんなはずはないと心から思う。


はなちゃんはとりつかれたように、携帯で無脳症について調べ続けている。
少しでも、ほんの少しでもこの苦しい思いや不安を解消させてほしいと「薬」を探しているようだった。