7/11(金)必ず、この世に呼び戻すから【夫】

カーテンを閉め忘れたおかげで、5時半に目が覚めてしまった。

台風が直撃した入院初日から一夜明け、こんな日に限って素晴らしく良い天気だ。


ついに、はなちゃんが出産する。

ついに、赤ちゃんと会うことができる。

ついに、赤ちゃんとお別れする。




午前9時、陣痛室へ。「懐かしいな」と思う。



5年前、そうたろうを出産する時には、「拷問部屋」かと思った場所だ。

狭い部屋に閉じ込められて、何時間も妻の「断末魔の叫び」を聞き続けた場所。

夕食が出てきた時には「冗談じゃない」とまで思ったものだ。

あれから5年。あの時ほど身もだえることもないけど、違う意味で「拷問部屋」というのは変わらない。




けれど、テレビもケータイもない狭い部屋で二人。

緊張感はあるが、「経験」は夫婦に、ほんの少し笑顔をくれていた。

何だか、シンプルで「いい時間」にも思えていた。




もうすぐ赤ちゃんに会う。

改めてそう思った時に、私はもう一度、「練習」をしていた。

実を言えば、はなちゃんの言う「赤ちゃんに会うのがこわい」というのは、わからなくもなかった。

でも、誤解されたくないのは、お化けや怪物をみるようなこわさではない。

赤ちゃんに会った瞬間、ほんの一瞬でも、ほんの一瞬でも「気持ち悪い」と思うかもしれない「自分がこわい」のだ。

頭の中に、宇宙人のような、カエルのような我が子の画を描いて、また心の中で覚悟を決めた。

大丈夫だ。どんな姿の子だって、受け入れられる。




入室から4時間。「本番」のお呼びがかかった。

「分娩室に移動します。」

バンドのライブ前に、控室からステージへ向かう時の気持ちに似ている。

「臨戦態勢」「あとはやるだけ」そんな感じ。

「ふう」と大きく息を吐いて、胸を張って、分娩室に入る。

5年前は「落ち着かない客人」だった自分から見れば、ずいぶんと逞しく「その時」を待った。




いきむはなちゃん。

がんばれ。


あと少しだ。


あと少しで終わるんだ。


これで楽になれるんだ。




13時9分。

「彼」は産まれた。


「まずはお父さん、会ってください。」

とカーテンで仕切られた隣の部屋へと案内された。


赤ちゃんは、ステンレスのトレイの上に、キッチンペーパーのような紙で覆われていた。

助産師さんが、ゆっくりとめくった。


正直、おどろいた。


そこには、覚悟を決めて頭の中に描いていた、あの宇宙人も、カエルもいなかった。


キレイだった。


キレイな顔の、小さな、小さな男の子だった。


確かに、スパッと切り取ったように頭だけが無かったが、

鼻筋の通った、信じられないくらい自分に似た赤ちゃんだった。




色んな覚悟を決めていた分、緊張の糸も切れたのだろう。

涙が溢れだして止まらなかった。



本当は、会ったら「ありがとう」とか「またな」と伝えようと思っていたのに、

ただただ、感動が止まらなかった。




欲を言えばきりがない。贅沢を言えば、一緒に生きてみたかった。




でも、それが叶わないからこそ、ものすごく神秘的なものをこの目で見ているような気持ち。

通常ならば決して会うことができない、限られたほんの少しの秘密の対面。




「俺は妖精に会ったんだ」そう思った。




また、会いたい。




だから、必ずお前をまた、この世に呼び戻してやる。


その時に顔が違っても、性別が違っても、その子は絶対に君のはずだから。