はんちゃんと一緒に病院へ行く日。
そうたろうは、今日は私とはんちゃん二人に保育園へ送ってもらえる事にルンルン気味。
9時過ぎてから産婦人科へ電話。
11時までに来てください。
時間が決まっただけでドキドキする。
家を出るまで、とりあえずテレビを見て過ごしていても、常に緊張感が抜けない。
ついに時間。
産婦人科へ。
いつもより混み気味な分、普通の妊婦さんだらけであまりキョロキョロ見れない。
普通に、やっぱり、
いいなー。
という目で見てしまう。
待てども待てども呼ばれない。
ケータイを見ても特に頭に入らないし、人間観察をしようにも妊婦さんだらけだし。
全然時間がつぶせれず、結局2時間待った。
最後に呼ばれて、先生からはんちゃんへ改めて詳しく説明。
最後に、何か聞くことありますか?というので、
「原因はあるんですか?」
と聞いてみた。
先生の返事を聞く前に、言葉を発しただけで涙がブワッと。
「原因なんてないよ。どちらが悪いなんて事もない。ほんとまれにあるんだよ。
あえて言うなら、次の子の時は葉酸をしっかりとってもらうことかな。妊娠前から葉酸をとることで、今回の様な神経管の欠損の予防になるからね。」
と。
やっぱり先生に、
「どちらが悪いなんてこともない。」
と言ってもらえるだけで、泣けてしまう。
お互い納得したので、次は入院の手続きを助産師の加藤さんと。
頼れる助産師さんだから、「あの加藤さんに会う」と考えただけで泣きそうになるし、顔をみたら泣くだろうなと簡単に予想がついた。
加藤さんとの話し合い。
やっぱり号泣。
この人にキッパリハッキリと、しっかり目を見ながら、
「今回の事はもうほんとに仕方がない!」
と言われるだけで、
先生に原因はない。とは言ってもらえても、やっぱり自分の何かがいけなかったんじゃないだろうか。
と考えていたけど、
もう「仕方がない事」なんだ。
と、この一言で少しラクになる。
そうたろうに今回のことを何て伝えたらいいのか相談をした。
「5歳の子なんて、ファンタジーの世界で生きてるんだから、そのままファンタジーで返してあげればいいんだよ!赤ちゃんお空に帰っちゃったよ。って。それでいいんだよ。」
そんな単純な事も思いつかなかった。
危うく、
「赤ちゃん死んじゃったよ。」
と伝えてしまうところだった。
入院してからの一連の流れの説明も細かく教えてもらった。
始めに子宮口を開くために、お昼に子宮口へ棒を一本入れる。
その後夕方に、ラミナリアという、水分を含むと膨張する、海草でできた棒を更に何本も、何本も子宮口に入れる。
一晩寝る。
次の朝、棒は抜いて、陣痛を起こすために子宮口へ膣剤を入れる。
後は産まれるまで、3時間に1回膣剤を入れる。
1日5錠まで。
5錠使っても産まれなければ、また次の日に。
だいたいみんな遅い人でも7錠も使えば産まれると。
そんな内容でも泣けてくる。
ほんとにこれが現実なんだーと思えてしまって。
自分の子の脳がないという状況をどうしても受け止めきれなくて、恐怖心の方がまだ強くて不安な中で、
「私はね、お母さんは映像として残さなくていいと思ってる。
でもそのかわり、お父さんには必ず赤ちゃんに会ってもらう。
それでいいと思う。
お母さんは、前にすすまなきゃいけないの!
映像として残してしまうと、いつまでも引きずって次の妊娠に進めないから。」
と、赤ちゃんに会う勇気のない自分を肯定してもらえてまた号泣。
入院は、はんちゃんがあたしの精神的な負担を考えてくれて、今週お願いすることに決まった。
病院が終わって、遅めのお昼を食べにマックへ。
加藤さんと話せたおかげで、いっぱい泣いたし、頑張って乗り越えなきゃ!とも思えたし、久しぶりの食欲。
帰ってそうたろうのお迎えにはんちゃんと行った。
病院へ行く。とそうたに伝えてあったから、帰りながら、
「今日病院行ったんでしょー?赤ちゃん元気だったー?」
と普通に、嬉しそうに聞いてきた。
それだけで泣きそうになる。
ごめんね、そうたろう。
という思いでいっぱい。
「おうち帰ったら説明してあげるね。」
と言って、帰るまで涙をグッとこらえた。
家に帰ってそうたろうに、
「赤ちゃんね、」
まで言って、申し訳なくて、泣けて泣けて。
「どうしたの?」
「赤ちゃんね、なんか忘れものしたんだって。だから、忘れものを取りにお空に戻って行っちゃった。」
「え?何忘れたの?」
「ね。なんだろうねぇ。それは先生もわからないんだって。」
「ふぅーん。じゃーもう、はなのお腹に赤ちゃんいないの?」
「うん。」
ガラガラガラ。
突然窓を開けてベランダに出るそうたろう。
「赤ちゃん、もうこのお空にいる?」
「うん。いるよ。」
すると、空に向かって目一杯大きな声で叫んだ。
「赤ちゃーーーん!!
すぐ戻ってきてよーーーー!!」
純粋な行動にもう我慢できなくて大泣きした。
ごめんね。
という思いで心が溢れた。
ほんとに、ほんとに、赤ちゃんが産まれるのを楽しみにしてくれてたそうたろうを思うと、今でも泣きそうになる。
加藤さんのアドバイスをもらっていてよかった。おかげでそうたろうも悲しまずにすんだ。
さらに、自分もそのファンタジーに少し救われた部分もあった。
そうたろうじゃないけど、
ほんとに、ほんとに忘れものを取りに行っただけで、またいつか戻ってきてくれるかなと、素直に思えた。
夜、はんちゃんとたくさん話した。
今思うと恥ずかしいくらい、自分にはネガティブな考えしかなくて。
それを全部はんちゃんに話した。
そうすると、はんちゃんはいつも、
「俺はそうは思わない。」
「そんな事ないと思うよ。」
と、私の考えを変えさせてくれた。
それがすごく救われる。
加藤さんは会わないことを肯定してくれたけど、会う勇気はまだないけど、ほんとに会わなくていいのかな?
という思いは消えず。
ネットですごく検索した。
中期中絶して、我が子に会わなかったけど、それでよかったという話を読みたくて。
でも、全然ない。
会ってよかった。
会ったらかわいかった。
そんな話ならいくらでも出てくるのに。
どうしようのエンドレス。
会って、少しでも自分が我が子に対して、
「怖い」「気持ち悪い」
と思ってしまったら、申し訳なさと、親としての自分の情けなさで立ち直れない気がして、それが怖い。
そんなことを考えたり、お腹の子の気持ちになって、
急にお腹の外に出されて苦しいのかな、かわいそうだな、ごめんね。
と考えてしまい、気持ちが闇の中へ落ちていく気分。
月曜日エコーで見た時は心臓しっかり動いてたのに、なのに薬で無理やり外に出すのは、すごく残酷なことじゃないのか?
と。
先月の検診の時なんて、エコーで先生が手や足を説明してくれてる時、ちょうど足を犬かきみたいに元気に動かしてて、しっかり動いてる姿を見たのが初めてで、こんな小さいうちからこんなかわいい動きするんだーと、かわいくてかわいくて笑ったほど。
そんなかわいい姿を見てるのに、自分はこれから残酷なことをするんだと思ったら、泣けて泣けて。
どんな思いで私は出産に挑めばいいのか?
と何度も考えても答えが全然なくて。
全部をはんちゃんに話した。
「残酷だよ。でも仕方がない!
その事実を受け入れて、前に進むしかないんだよ!
ごめんね、ごめんね、じゃ本人もうかばれないじゃん。
そんな思いじゃ、逆にこっちこそごめんねってなっちゃうじゃん。
やっぱり1番聞きたいのは、素直にありがとうなんじゃないの?
俺は会ったらありがとうって言いたいし、よく頑張ったな、またな。って言ってあげたい。」
と言われて、心に何かグサッと刺さって泣いた。
何をグズグズ考えてたんだろうと情けなくなった。
家族になろうと来てくれて、ありがとう。
頑張って生きてくれてありがとう。
それだけでいいんだ。
と少し気持ちが軽くなった。