カーテンを閉め忘れたおかげで、5時半に目が覚めてしまった。
台風が直撃した入院初日から一夜明け、こんな日に限って素晴らしく良い天気だ。
ついに、はなちゃんが出産する。
ついに、赤ちゃんと会うことができる。
ついに、赤ちゃんとお別れする。
午前9時、陣痛室へ。「懐かしいな」と思う。
5年前、そうたろうを出産する時には、「拷問部屋」かと思った場所だ。
狭い部屋に閉じ込められて、何時間も妻の「断末魔の叫び」を聞き続けた場所。
夕食が出てきた時には「冗談じゃない」とまで思ったものだ。
あれから5年。あの時ほど身もだえることもないけど、違う意味で「拷問部屋」というのは変わらない。
けれど、テレビもケータイもない狭い部屋で二人。
緊張感はあるが、「経験」は夫婦に、ほんの少し笑顔をくれていた。
何だか、シンプルで「いい時間」にも思えていた。
もうすぐ赤ちゃんに会う。
改めてそう思った時に、私はもう一度、「練習」をしていた。
実を言えば、はなちゃんの言う「赤ちゃんに会うのがこわい」というのは、わからなくもなかった。
でも、誤解されたくないのは、お化けや怪物をみるようなこわさではない。
赤ちゃんに会った瞬間、ほんの一瞬でも、ほんの一瞬でも「気持ち悪い」と思うかもしれない「自分がこわい」のだ。
頭の中に、宇宙人のような、カエルのような我が子の画を描いて、また心の中で覚悟を決めた。
大丈夫だ。どんな姿の子だって、受け入れられる。
入室から4時間。「本番」のお呼びがかかった。
「分娩室に移動します。」
バンドのライブ前に、控室からステージへ向かう時の気持ちに似ている。
「臨戦態勢」「あとはやるだけ」そんな感じ。
「ふう」と大きく息を吐いて、胸を張って、分娩室に入る。
5年前は「落ち着かない客人」だった自分から見れば、ずいぶんと逞しく「その時」を待った。
いきむはなちゃん。
がんばれ。
あと少しだ。
あと少しで終わるんだ。
これで楽になれるんだ。
13時9分。
「彼」は産まれた。
「まずはお父さん、会ってください。」
とカーテンで仕切られた隣の部屋へと案内された。
赤ちゃんは、ステンレスのトレイの上に、キッチンペーパーのような紙で覆われていた。
助産師さんが、ゆっくりとめくった。
正直、おどろいた。
そこには、覚悟を決めて頭の中に描いていた、あの宇宙人も、カエルもいなかった。
キレイだった。
キレイな顔の、小さな、小さな男の子だった。
確かに、スパッと切り取ったように頭だけが無かったが、
鼻筋の通った、信じられないくらい自分に似た赤ちゃんだった。
色んな覚悟を決めていた分、緊張の糸も切れたのだろう。
涙が溢れだして止まらなかった。
本当は、会ったら「ありがとう」とか「またな」と伝えようと思っていたのに、
ただただ、感動が止まらなかった。
欲を言えばきりがない。贅沢を言えば、一緒に生きてみたかった。
でも、それが叶わないからこそ、ものすごく神秘的なものをこの目で見ているような気持ち。
通常ならば決して会うことができない、限られたほんの少しの秘密の対面。
「俺は妖精に会ったんだ」そう思った。
また、会いたい。
だから、必ずお前をまた、この世に呼び戻してやる。
その時に顔が違っても、性別が違っても、その子は絶対に君のはずだから。